ジバンシー

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ジバンシーについて

ジバンシー【GIVENCHY】といえば、フランスのパリを代表的するブランド。 オートクチュールのレディースラインだけでなくプレタ・ポルテ、メンズライン、香水、化粧品、腕時計、バッグ、インナーウェア、眼鏡・サングラスなど、そのアイテムは多岐に渡っています。

■  ジバンシー【GIVENCHY】の歴史

ジバンシー【GIVENCHY】は

1951年にユベール・ド・ジバンシー(Hubert de GIVENCHY)がパリで初コレクションを発表したのがブランドの始まりです。コレクションを発表した時には、資金力がなかったため、値段の安いコットンを使い、シンプルなデザインのドレスやブラウスを発表しました。その中でもワイシャツ地で作った「ベッティーナ・ブラウス」は、開襟・ラッフル袖という今までにない斬新なアイデアと洗練された感性が話題を呼び、ジバンシーは「モードの神童」と呼ばれるようになりました。

ジバンシー【GIVENCHY】は 1952年にジバンシー社を設立し、1954年には、オードリー・ヘップバーンが主演した映画「麗しのサブリナ」の衣装を手がけています。その後も次々と斬新でそれまでにはないデザインを送り出してきました。

1956年にはリゾートウェアのプレタ・ポルテにも進出し「GIVENCHY UNIVERSITY」というレディスウェアを発表し1962年には香水、1972年に男性化粧品を発表し、次々にそのアイテムを拡大していきました。

1973年、メンズウェアとして「GENTLEMAN GIVENCHY」を発表し、その後。 1999年に「GIVENCHY」と名前を変えました。

1995年に先端のファッションを創り出してきたユベール・ド・ジバンシーがそのコレクションを最後にオートクチュールの世界から引退し、2代目の後任のデザイナーとしてジョン・ガリアーノが抜擢され、オートクチュールとプレタポルテのデザインを手がけることになりました。

そして、 1996年にアレキサンダー・マックイーンが3人目の主任デザイナーになると、ジバンシーのブランドが再び脚光を浴びることとなりました。

2001−2002年の秋冬コレクションから、ジュリアン・マクドナルドが4代目の主任デザイナーに就任しました。

2003年よりクリエイティブ・ディレクターを導入し、12月、オズワルド・ボーテングが初代のメンズラインのクリエイティブ・ディレクタターに就任しました。

2005−2006年の秋冬コレクションからはレディースウェアラインのクリエイティブ・ディレクターにリカルド・ティッシが就任しました。

ジバンシー社は、今は1987年に生まれた巨大ファッショングループ、「LVモエ・ヘネシー」の傘下に入っています。

■ ジバンシーの服を愛した女優オードリー・ヘップバーン

ジバンシーの代表的な顧客として最も有名なのは、オードリー・ヘプバーンです。ジバンシーの創始者であるユベール・ド・ジバンシーとも個人的に親交があったようです。オードリー・ヘプバーンといえば、「ローマの休日」を思い出す人は多いのではないでしょうか?オードリーは、映画ファンでなくても知らない人がいないくらい有名な女優です。最近でも企業のCMに登場していたりとその存在感は今も大きいものなのでしょうね。


オードリーは、アイルランド系イギリス人で貿易商をしていた父とオランダ貴族の母の間に生まれました。生まれたのはベルギーのブリュッセルですが、両親の離婚によりオランダに渡り、その後ロンドンに渡りました。そこでバレエを学びながら、映画や舞台に出演し始めて、1951年に「ジジ」の主役に抜擢され、ブロードウェー公演で初の主役を務めました。そして、その公演を観た映画監督のW.ワイラーの目にとまりました。

■ ジバンシー【GIVEBCHY】とオードリー・ヘプバーン

ジバンシーとオードリーを結びつけることになったきっかけ

両者を引き合わせたのは「ローマの休日」続く主演第二作の「麗しのサブリナ」です。映画の衣装を作るためにジバンシーのところをオードリーが訪ねたときのエピソードが有名です。ジバンシーは、「ヘプバーン」と聞いて、「キャサリン・ヘプバーン」が来ると思って楽しみにしていたら、やって来たのは、「ローマの休日」で主演して人気が出たばかりの新人女優のオードリーでした。ジバンシーは、最初はガッカリしたのかもしれませんが、それは一時だけのことでした。なぜなら、オードリーは、ジバンシーがデザインした衣装を完璧なまでに着こなすことができたからです。

そして、この映画は大ヒットして、映画とともに衣装も注目を浴び、ジバンシーの名を世界に知らしめることになったのです。舞踏会でのシーンで彼女が着たカクテルドレスとスーツが印象的で、これ以降オードリーと言えばジバンシー、と言われるようになったのです。

この「麗しのサブリナ」でもうひとつ脚光を浴びたものがあります。オードリーが着ていたトレアドルパンツとフラットシューズという組み合わせは、「サブリナルック」という言葉を生み出し、今でもファッション用語として、「サブリナパンツ」「サブリナシューズ」という言葉が使われています。しかし、残念ながら、このデザインを担当したのはジバンシーではなく、ハリウッドの女流衣装デザイナー イーディス・ヘッドのデザインだそうです。彼女がジバンシーとクレジットを共有することを拒否したのでジバンシーの名はこの映画のクレジットに載ることはなく、イーディス・ヘッドだけがこのデザインで、アカデミー衣装デザイン賞を受賞したのだとか。この映画がファッション界や映画界に与えた影響を考えると、ジバンシーも受賞の名誉を与えられてもよかったのではないかしら?と思ってしまいますね。

いずれにしろ、この映画がジバンシーとオードリーを結びつける大切な役割を果たしたものだということは揺るぎようがない事実として今も語られているので、ジバンシーは天国で満足しているかもしれませんが。

 

 

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